百笑一気 ~笑顔が好きだから~

早期退職して長野県で晴耕雨読の生活をしています。第二の故郷は中国上海です

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介護 Vol.2 ~父晩年 中編~

肝性脳症。50年以上生きてきて聞いたこともなかった病気ですが、これは肝機能が低下して血液中のアンモニアが増え脳に達すると発症し、意識障害や異常行動を起こす病気で晩年の父は何回か発症するようになりました。

2017年10月、上海で楽しい時間を過ごし実家に帰ったところ代わりに父の面倒を見ていてくれた姉が「おかしくなった、どうしよう」とうろたえていました。普段は無口な父がやたら饒舌になり、そのうち「葬式だからお客さんにお茶を出せ」とか訳のわからないことを言いだし、収穫してあったカボチャに向かってお礼を言いだしたりしたようです。確かに顔つきが変わって異様な雰囲気でした。

姉とこれからどうするかしばらく相談し父の様子を見に行ったらいるはずの部屋は空っぽ。外に出たと思い庭や車庫や農作業小屋まで探しても見つからず、ようやく普段は使っていない2階の部屋の押し入れにいるのを見つけました。なんと押し入れの中で新聞紙をひたすら引きちぎっており、見つけた時は妖怪が「見たなぁ~」という感じでこちらを向いてその異様さに背筋が寒くなりました。普段寝てばかりだったのに急に動き回ったせいで夜には立ち上がれなくなって様子がおかしくなったため、救急車を呼んで病院に運び、肝性脳症と診断され入院しました。人に迷惑をかけないよう個室に入れてもらったのですが夜中に部屋を出たまま戻れなくなり、あちこちの部屋のドアを開けて迷惑をかけたようで、誰か付き添うように言われ姉と交代で病院に寝泊まりしました。幸いこの病気はずっと続くものではなく鎮静剤や点滴をうけて症状は治まり1週間くらいで退院できました。

しかしまた再発するので一人にすることは危険と言われ、専業主婦の姉が東京から来て1ヶ月のうち3週間面倒をみてもらい、1週間は介護施設にお願いすることにしました。その後も肝性脳症を何回か発症し、介護施設から手に負えないので病院に連れていってくれと電話が入り急いで会社から戻ったこともありました。ただ私は姉と介護施設のおかげで父の食事を作ることも真夜中に起こされることもなくなり逆に楽になっていました。

最初の肝性脳症発症から1年が経過した2018年12月、姉に父をお願いして毎年楽しみにしているラグビー早明戦を東京に見に行かせてもらいました。前日は私と友人VS息子と会社の若手で麻雀早明戦を行い夜は二人の娘も合流し、楽しく飲んで充実した週末を過ごしました。麻雀惨敗、ラグビー惜敗にもかかわらず、楽しかった時間を思いだしながら会社へ向かって運転していた月曜日の朝、携帯が鳴りました。 ~後編へ続く~