私の住む長野県諏訪地方の特産に寒天があります。原材料は海草なので海無し県の長野県でどうして特産になるのか不思議ですが、冬の厳しい寒さと雪が少なく乾燥した気候が寒天を作るのに適しているためです。製造は冬のみで冬の空いている田んぼを使って寒天を乾燥させます。
海草を煮詰めた煮汁が固まったのが生天(なまてん)。これを四角い棒状に切って凍結、乾燥を繰り返すとスポンジ状の寒天になり保存ができ、この寒天が特産品です。生天の段階でさらに短冊状に押し出したのがところ天です。
私が子供の頃は寒天製造をする「てんや」が沢山あって冬場は海草を煮詰める湯気があちこちで立ち上っていました。小学校の時には社会科見学で寒天工場に行ったり、運動会では「てんや節」という民謡を踊りました。
このてんや節「てんや小僧にゃ惚れるな女子(おなご)」と始まるのですが、てんやの仕事は朝早くから重労働で主な労働者は冬に農作業ができない北海道や東北からの出稼ぎの方々で製造期間の冬が終わると故郷へ帰ってしまうから惚れるなというわけです。今だったら職業蔑視でアウトの歌です。さすがに私の子供の運動会はヒット曲のダンスに代わっていました。
亡き父は本当に働き者で定年退職後はお金は余裕があったのに冬には母が反対するにもかかわらず80歳近くまで寒天工場に働きに行っていました。出稼ぎの方が多いので給料は現金支給だったようで、実家に食事に行ったとき娘のピアノを買う話をしたら「これ今日貰ったから持っていけ」と分厚い袋を貰ったことがありました。そのお金でピアノを購入し娘二人ピアノを習い始めたのですが、私の仕事ですぐに上海に行ってしまいそのピアノはあまり使わずに埃をかぶったままになってしまいました。上海でもピアノは続けて一度だけ父母が上海に来たときにちょうどピアノの発表会があり見てもらうことができたので少しは恩返しができたと思います。ただ娘二人ともピアノは向いてなく才能もなく日本に帰ってからは運動部に熱心で、ほとんどピアノに触れることはなかったと思います。毎年この時期はところ天を食べるのですが、食べるとピアノのことを思いだし、高い買い物をして父に申し訳ないと思うと共に家にただ置いてあるピアノをどうしようか考えてしまいます。